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3月31日(金) 雨はここにも降る

今日の南仏は、雨。

珍しく夜まで降ったり止んだり。普段は乾燥気味で粉っぽい空気が、しっとりとしてきていい感じではある。この雨、ちょっと優しくって日本の春雨を思い出させる。

* * *

日記を書こうとViViを開き、最新の日記部分を3月用のファイルへとコピー。その後、新しい日記用に日付やリンクを張り直す。この辺は、いつものお決まりの作業だ。IMEをOffにしたままで日にちなど、ASCIIの文字を修正し、漢字入力状態にしてから曜日を入れる。

と、ここまでやって今日が金曜日であったことを再認識した。曜日の感覚、時間の感覚が薄れてきているようだ。明日か明後日、或いはその両日共に仕事となりそうだ。あぁ、メールの返事が溜まっていくなぁ。

3月30日(木) また空港へ

今週、何度空港へ行ったろうか。

火曜日の夜、昨日の昼、そして今日の夜。それから、この土曜日にも行かなければならない。全部今回のトラブル絡みで急遽来ることになった人達を出迎えに、だ。ホテルも私が予約した。

つまり、最近の私の仕事は運転手とちょっとした秘書業務だ。なんなんだ。肩書きのエンジニアってのが寂しく響くぜぃっ。

3月29日(水) chez Maxime

出張で来ていたKさん、今日一杯仕事したら明日は帰国だ。三週間弱の出張中、救急病院に行ったりトラブルでどつぼにはまったりと散々だったが、仕事の方はなんとか目鼻が立ち、遅れは出たが先が見通せるところまで漕ぎ着けた。一時はどうなるかと思ったのだが、良かった。

UK事務所から来てるエンジニアと共に、最後の晩餐というわけでエクスのレストランに出かけた。うちのかみさんも含め4人でテーブルを囲む。典型的なフランス料理の店で以前はよく使ったところだ。数少ないまともな店だったんだが、フランスに引越してきてから行ってみたら、あまりにも不味い店に変貌していて敬遠していた。最近になり良くなったとの噂を聞き、再挑戦してみたというわけ。

で、その結果だが、まぁまぁといったところか。やはりこの店は肉料理の方がいいらしい。それなりに楽しめた夜だった。

3月28日(火) 泥沼

足掻いても、あがいても、どうにもならず。

明日は明日の風が吹いてくれるといいな。

3月27日(月) 暖かな南仏へ

アムステルダム事務所に顔を出し、挨拶もそこそこに必要な荷物を受けとってさっさとスキポール空港へ。一応、今日は有給休暇なんでね。

貴重品ではあるが、でっかいダンボール箱を機内に持ち込むのは嫌なんで、コワレモノシールを貼ってもらって他の荷物と共にチェックインしてしまった。ちゃんとマルセイユまで行ってくれよ、と祈りながら。来たときと同じくパリで乗り換えなんで、預けた荷物がちゃんと来るかどうかはやや心配なのだ。

* * *

パリで二時間の待ち時間を含め、マルセイユ空港に着いたのは4時過ぎだった。外は晴れ、ガラス越しに浴びる太陽はとても暖かだ。さすが南仏という感じで、オランダの寒さとは違ってた。少し不安になりながら待っていた荷物は、ちゃんとベルトコンベアに乗って出てきてくれた。取り敢えずは良かった。ふ〜。

3月26日(日) コンセルトヘバウ

昼過ぎからアムステルダムの中心街に出掛けて、買い物など。やっと念願のモノが手に入ってしまった。やっぱり、マルセイユとは違うねぇ。

* * *

夜はコンサートでコンセルトヘバウへ。の知り合いが演奏するやつだ。黒のドレスに身を包み登場したMさん、中々格好良かった。ただ、周りを囲むオランダ人が馬鹿でかいので、立つと1人だけ小さく見えてしまってた。彼女が小さいと言うよりも、単に他がデカイということのようだけどね。

久しぶりにKさん御夫妻にも会えて話せたし、中々楽しいコンサートだった。オランダまで来た甲斐があるというものだ。

3月25日(土) オランダはやや寒い

朝早い飛行機でパリを経由してアムステルダムに到着。が、着いたのは昼前ぐらいだったけどね。

今回泊まるホテルはちょっと郊外の、アムステル川沿い。当然トラムでは辿り着けない。タクシーで行くのが一番楽なんだが、出張でもないのにそんな贅沢は出来ない。だから、一応途中まではトラムで行き、その先はバスってのを考えていた。

で、空港のインフォメーションで相談してみることにした。どっちにしても、最新のトラムマップ(路面電車&バスの路線図)を手に入れたかったし。そしたら意外な手段があることがわかった。それは『トレインタクシー』というもので、途中まで電車で移動し、その駅からは専用のタクシーで目的地まで行ってくれるという物。それも、タクシー代は一人当たり7.5ギルダー均一(350円ぐらい)と激安なのだ。実際に駅からホテルまで乗せてってもらったが、あの時間と距離なら普通40ギルダーは楽勝でいくと思うような距離だった。

ホント、これはお得!!

* * *

コンサートに出演するMさんとだんなさんを誘って、夕食は鮨屋に出かけた。昼食との時間があまり空いてなかったのもあって、あまり食えなかったが日本酒もお作りも旨かった。やっぱ、和食はいいねぇ。

3月24日(金) Pays-Bas

はぅ。仕事の方はもうボロボロ。ダメな物はダメ。

* * *

明日は早朝の飛行機でアムステルダムへ行く。と言っても仕事ではない。オランダのアマチュア楽団に入ってる知人がいるのだが、その楽団がなんとあのコンセルトヘバウで演奏する。で、我々の知人(で、元々同じアパートに住んでいた)であるMさんのコンセルトヘバウデビューなわけだ。

これは凄い話だと思う。あのヨーヨーマやウィーンフィルハーモニーと同じ舞台に、知ってる人が出て演奏するなんて。そんなわけで、かみさん共々応援がてらオランダに行くことにした。

自腹で行くわけなんで、今回手配したのは激安の航空券。キャンセル・変更無しで一人当たり約1,500フラン(24,000円)ほど。正規料金の直行便だとざっとこれの三倍以上で5,000フランぐらいするはずだ。

* * *

さて、明日はかなり早起きなんでさっさと寝ることにする。仕事のことはなるべく忘れて、と。

3月23日(木) 一進一退

朝8時から日本とテレビ会議。僕はただの傍観者というか、出席してるだけという気楽な立場であった。昨日のミーティングとは大違い。誰が主体になるかとか、問題は何処に起因してるかとかで、こちらの受け止め方も全く変わってくるね。

* * *

相変わらずトラブル続き。いい加減なものを出すと、こうやって痛いしっぺ返しを喰らうのだなという典型というか何というか。滑稽ですらある。

さて、どうなることやら。

3月22日(水) イヤになってきた

午後は客とのミーティング。

ふと今の仕事が嫌になった。もうさっさと日本に帰りたい。勿論、今の部署も離れて全然別のところで。場合によっては、会社を辞めちゃってもいいや。と、本気で思ったほど。「嫌気が差した」というところか。

こんな風に感じることは、実はよくあったりもするんだが、それでもその気持ちはそう長持ちせずに、いつの間にか忘れている。本当に会社を辞めるときって、忘れられずにそればかり考えちゃうようになるのだろうか。

だが、このままこんな仕事を続けていて果たしていいんだろうか、真剣に考えてしまったのも確か。ま、まだ先のことだな…。

3月21日(火) もう、忘れた

Kさんの滞在してるホテルに夕食がてら行って来た。足の具合のこともあるんで、Kさんには休んでもらい治療に専念していただいたのだ。

このホテルのレストラン、出張で南仏に来てた頃にはよくお世話になった。値段はそれなりだったが、味は悪くなかったのだ。それが変わってないことを祈りつつ頼んでみたが、やはり美味かった。いい加減な店が多いエクスでは、取り敢えずお勧めできる。メニューでの選択肢が少ないのが難点だが…。

因みにそのホテルはGrand Hotel Roi Reneというところだ。

* * *

色々と書きたいことはあったが、二日もたったら忘れてしまった。というか面倒くさいんで、あとで気が向いたときにでも書くことにする。

3月20日(月) 卒業写真は無い

もう、何年になるだろうか。

僕が大学を出たのは確か1987年、今年は二千年だから単純計算でもう十三年も経つわけだ。そうそう、なんとか四年で卒業できたんだっけ。

決して真面目な学生でもなく、勉強好きでもなかった。就職が決まってたにもかかわらず、卒業が危ぶまれていた。つまりやばい単位があったのだ。実際、卒業できることが決まったのは卒業式の一週間前とか、その辺りだったと思う。ま、色々あってね。

あの時。卒業できることを連絡してきた大学事務局からの一本の電話。とても嬉しかった。涙は出なかったが、それぐらい嬉しかった。いい加減に過ごした四年間への後悔と、それを支えてくれた人達への申しわけなさ。それが少しだけほぐれ、やっと得られた頼りない安堵感。

* * *

それから今まで。

同じような過ちを繰り返しつつ、ふらふらとここまで来た。だが、あの時の怖さは身体に染みついたまま離れない。行きすぎたなと思ってると、ふとその時やその瞬間を思いだし「もしも…」と自問している誰かが私の中にいる。

* * *

卒業式当日、就職先の会社の寮に出向く必要があったので横浜に来ていた。夜になってから大学のある街にもどり、クラスの友人達と握手などしつつ別れを惜しんだ。だが、既に卒業式の余韻も覚めてたからか、同級生と一緒に写った卒業写真は一枚も無い。

3月19日(日) 救急病院へ

朝から仕事。変な不具合が出て上手くいかず、午後はそのトラブルシューティングになった。原因がハッキリしたのはいいが、基本的にお休みの今日ではどうにもならないことなんで、取り敢えず休憩がてらクリーンルーム外へ。

そこでお茶をしながらKさんの足の具合の話になり、一緒に働いてたフランス人に見せてた。予想よりも酷いことになっていた。こりゃ、ちゃんと医者にいかんとまずいんじゃないかということで、取り敢えず客先の医務室に行ってみることに。

日曜なんでドクターは居なかったが、その代わりにいた救急隊員?のおじさんが見てくれた。Kさんの日本語を私が英訳し、その英語をうちのフランス人エンジニアのマークがフランス語に訳して、そのおじさんに伝える。おじさんが説明してくれる内容は、当然逆ルートを通るので中々時間のかかる会話だった。

足の具合を見ながら、「明日には医者に行かんと駄目だぞぃ」と言いつつ消毒してたおじさんだったが、患部を見てるうちに「今日中に医者に見せた方がいい!」と救急病院の場所を説明し出した。どうやら、去年かみさんが熱だしたときに駆け込んだ、エクスの救急病院のようだった。「それなら家の近所だし場所もわかるよ」と私。

* * *

それからすぐにエクスの病院まで私とそのマークでKさんを連れていった。受付したのは6時前、かなり待たされるだろうという予想を裏切り、30分ほどで順番が回ってきた。ラッキー。呼ばれた先にぞろぞろとおまけが二人も付いてったので、「付いてきてはいけない。外で待て」と言われたが「言葉の問題があって…」と強引に押しきった。

医者に見てもらったあともう一度消毒したのだが、患部を見ても首をひねるばかりでハッキリとはわからなかったようだ。恐らく何か細菌性のものに感染したのではないかとのこと。処方箋を書いてもらい、今後の処置を説明してくれた。

色々聞かれたなかで、「日本での予防接種はどうなってるのか」との質問は二人とも困ってしまった。フランスでは成人してからも十年に一回ポリオと破傷風の予防接種が義務づけられているのだそうだ。症状からして違うのだが、念のため破傷風に対しての免疫があるかどうかを確認されたのだ。

日本とは全く違うシステムなんだなぁ、と妙なところで外国を意識してしまった。

* * *

病院から戻り一息ついたところで、今日開幕のWGPのビデオを見た。

南アフリカGPは、雨の予想に反しドライコンディションでレースが行われた。新シーズンとなりクラスが変わった者、ゼッケンが変更になった選手などなど、色々な変化に見る側が付いていけてない第一戦だった。これから、これから…。

3月18日(土) ピアノ

ピアノの勉強をこっちでしているMちゃんに誘われ、クラシックのコンサートに夜から出掛けた。

といっても、彼女が行ってる音楽学校の発表会のようなもので、教会を使ってのコンサートだから高は知れてるけどね。会場をぐるっと見回してみると、どうやら演奏者達の親兄弟親類縁者で埋まっているみたいだった。ちっさい子供達がウロウロしてるし。

なんでわざわざこれを聴きに行ったかというと、彼女の個人レッスンの先生がゲストという形で演奏するからだ。まだ無名だが、これから絶対有名になるに違いないと彼女が言っていたのもあって、ついミーハー心を起こしてしまったというわけ。

Olivier LECHARDEUR先生のピアノと、Marie-Laurence ROCCAという女性のバイオリンで二曲ほど。背中越しに弾いてる手が見える5mぐらいのことろに陣取り、ふえぇ〜と感心しつつ聴いてきた。

このぐらい短時間のコンサートだと、肩が凝らないし眠くなる暇もなくっていいかもね。

3月17日(金) 可もなく不可もなく

一応今週は終わった。トラブルは思ったほどの遅れにもならず、どうにかこうにか来たかなって感じ。ただ、今週は今日で終わったが、明日一日休んだら日曜からはまた仕事なんで、三連休で浮かれてる日本が軽くウラヤマシぃ。とは言え、主に仕事をするのは日本から出張で来てるKさんなわけで、本当なら連休になってたところを申しわけない。

なんてことを考えながら、やや早めに仕事場を後にした。

3月16日(木) ギネスビール

なんとかトラブル解消。それはそれで良かったんだけど、日本から文句言われた。なんでやねん!

* * *

最近気に入ってるギネスビールを飲みながらこれを書いてる。昔は大嫌いだった黒ビールだが、アイリッシュパブでその味を覚え、UKのホテルのバーで病み付きになった。

で、スーパーをうろうろしてたらギネスの缶ビールが目に付いた。「お、ちょっと買ってみっか」と思い、飲んでみた。グラスに丁寧に注ぐとかなり美味かった。きめ細やかな泡も出てるし。何となく空いた缶を振ってみたら、「カラカラ」と変な音がする。

「またか」と思った。オランダに居た頃、缶ビールを買って飲んだら同じような音がしたことがあったのだ。慌てて缶切りで開けてみたら、丁度カセットコンロ用のガスボンベのキャップのようなプラスティック部品が出てきたのだ。普通ビールには入ってない物だと思う。

うげぇ〜、と思いつつ缶切りを取り出し開けてみた。あ、白いプラスティックの球が入ってるぞぉ、おい。またかいなと思いながら二本目を開けてみたらやっぱり「カラカラ」てな音がする。えええ??

結局のところ全部の缶に入ってるようだった。どうやらそのプラスティック球は、缶を開けたときに泡がパァーっとたつように、炭酸ガスか何かが詰められてるらしい。ま、そのお蔭で美味い黒ビールが飲めるわけなんだけどね。

う〜ん、美味いっ!

3月15日(水) ハマッタ(愚痴)

朝っぱらからフランス人エンジニアにうだぐだと文句言われてしまった。そりゃね、悪いのは私だけど、ハッキリ言って君達は楽しすぎです。だって、そうやってブーたれてるだけで済んじゃうんだからね。で、色々と余分な仕事をふられる我々はどうなってもいいわけ?

* * *

理由も分からずにはまってしまい、結局自宅に戻れたのは零時過ぎだった。僕はちょっと手伝ったり邪魔したりしてただけだったが、日本からの出張者さんは結構きつかったと思う。時差もあるしね。

その問題をヨーロッパ内で聞きまくって解決しようとしたが成らず、結局日本に問い合わせメールを書き今日のところはヤメ。さすがに日本が動き出すまでは待てなかったからね。そんなことしたら夜中の1時過ぎちゃうし。長丁場なんであまり最初っから無理はできないのだ。

* * *

こんな時間にと思いつつも、軽く食事をしてビールをプハァ〜っと。ウマイっ。

3月14日(火) コマゴマ/結果/ルッコラ

朝から晩まで、何だかんだコマゴマと仕事に没頭した。昨日よりは集中できたし、少しは内容が伴ってた気がするが、それでもどことなく上滑りしてるような。自信が持てないというか。

一つの大きな柱になる仕事があり、それに付随した細かな、だが気を使う項目が幾つかある。その時々では、最も注力すべき仕事でもある。で、もっと長いスパンで進めるている仕事が何本か平行して、だが、時に蛇行したり交差したりしつつも存在する。つい忘れちゃってて、埋もれてる中から掘り起こしたときに焦ってしまうんだけど。

それらを満遍なく、そつなくこなすこと。これもまた職業人としての才覚なのかも。なんてな。

* * *

昨日、「結果が伴わない過程には意味が無い」なんてことを書いた。もちろんこれは自分に宛てた備忘録だ。普段「結果を出せ」とか「結果が伴う」などと使うとき、その“結果”には「成功した」「利益を出した」などの意味が込められていると思う。というか、わたしはそう無意識に使っていた。つまりはpositiveなモノ。

だけど、得られた結果がnegativeであっても、それは一つのデータであり、まさしく“結果”なのだな、と思ったわけだ。「有ることを示すよりも、無いことを証明する方が難しい」ということもあるしね。こんなことをいまさら意識してるなんて、如何に脳味噌ツルツル無意識状態オートマチックで生きてきてるかがバレバレだわな。なんと軽く、いい加減な人間だこと。

この辺がこの日記から発せられる言葉の軽さ、意味の無さだったんだなぁ。などと、言葉を弄びつつ妙に納得してしまった。

* * *

ルッコラねた三連チャン。

「ルッコラって何です?」ってな方々向けに昨日の説明は書いたんだけど、ロケットサラダという名前だと皆さんご存じだったようです。日本では普通どっちを使ってるのか知らないのは、日本に居た頃ほとんど食べたことが無かったからだった。少なくても意識して食ったことは無いなぁ。

和食でルッコラだと、やっぱり鍋料理で春菊がわりとかでしょうか?みなさま。

3月13日(月) ダメダメ/食堂にて

時間があるんだか無いんだか。

密度の薄い仕事をして一日終わってしまい、気付いてみればもう夜。こんなはずでは、こんなはずでは…。

やはりうまく行かずにトラブル続出。予想してはいたが、初っぱなからこれでは先が思いやられる。というか、またこの遅れが後になって効いてくるのだ。またしても、同じ轍を踏むのか?

土日にゆっくりしすぎて、頭が腐ってしまったのかしれない。動かない、回らない、考えられない。イライラと空回りするのみで何も進まず。過程じゃない、結果が全て。いや、結果が伴わない過程には意味が無い。

* * *

仕事先の社員食堂で昼食。ここで最後に食べたのは、恐らく一年かそれ以上前のことだろう。すっかりシステムが変わっており、面食らうことも多々あったが、実際に働いてる面々は全然変わってなくて少し安心した。何となく懐かしい。

だが。社外の人間が利用するときだけ、使用料として一律20フラン余分に取るというのは、いささか高過ぎじゃないか?

* * *

ピザに載せて食べたルッコラだが、今日はサラダにパラパラッと入れてみた。ちぎったお蔭で香りが引き立ち、苦味とその胡麻のような風味が口一杯に広がる。それだけで食べると苦味ばかりでアレだが、適当にコーンや他の野菜と混ぜて食べるといいかもしれない。因みにこのルッコラ、別名ロケットサラダともいうらしい。

と、こんな説明読むよりも、食べてみた方が話が早いやね。

3月12日(日) カフェで日焼け/自宅でピッツァ

やはり、休日はゆっくり寝ていられないようだ。

昨日に引き続き、あっさりと9時前に起き出してしまった。というか、妙に暑苦しくってそれ以上ベッドに居たくなかった。なんで平日とこうも違うんだろうかね。もしかして土日は別の布団だったりして。なんてことはないわな。ま、昨日今日と気温が高めだったのが原因なんだろけど。

ホテルに滞在するKさんに連絡して、昼食に誘った。いきなり遠出するよりも、街中を案内しておいた方がいいだろうということで、徒歩で適当に散策することにした。天気がよくほぼ快晴のエクスでは、半袖やタンクトップ姿が目立つ。「季節感が無いなぁ〜」と思いつつ、そのあたたかさと眩しさに負けジャケットを脱いで手にもって歩くのだが、それでもまだ軽く汗ばむほど。

ギリギリまだ開いていた朝市の中を通り抜け、広場の一角にあるカフェで昼食をとることにした。初めて来たこのカフェ、車や通りの喧噪から離れているため、ポッカリと街に開いた穴のように静やかであった。軽く済まそうと“今日のサラダ”だけにしたが、それで十分だった。料理も雰囲気も悪くないし、このカフェ当りかもしれない。ふむ。

しかし。昼食を食べながら日焼けしてしまうようなこの天気。サングラスを持ってきたのは正解だった。無かったら、まともに料理も見れないよ、これじゃ。

* * *

夕食にはピザを焼いた。

出来合いのピザ生地を買い、それ用のトマトソースを買い、ハムにモッツァレラチーズにアスパラにルッコラ。材料を載せて焼いただけだが、半面に敷いたアスパラはさわやかだし、残り半分にばらまいたルッコラは適度に苦くてとても新鮮で美味かった。自宅で焼いて、このレベルなら悪くないと思う。これなら、ピザというよりピッツァという感じかも。

3月11日(土) うつらうつら/出張者をお出迎え

何となく9時には目が覚めてしまい、朝飯をポスぺのモモちゃんの様にシャクシャクッと食べてしまった。シリアルを盛った皿を抱えつつ、パソコンでメールチェックしたりマニッキエンジンで日記を読んだり。さすがに土曜だとメーリングリストで流れてくるメールも少ないし、更新されてる日記もほとんど無い。アッと言う間に読み終わってしまった。

窓を開け、霧に包まれたエクスの街を眺めてた。少し暗めな空を見てると、出掛ける気も失せる。さっさとベッドにもどり本など読みつつ、うつらうつらしながら午前中が終わってしまった。気付いたら、二時過ぎだった。アレま。

* * *

こりゃいかんと、遅めの昼餉をいただいたあと、何故かスクランブルのかかってなかったJSTV(日本語衛星放送)で、Jリーグ開幕戦の一つ「磐田 - 柏」戦を見た。久しぶりに見る日本のプロサッカー。「なんでそこでシュートせずに、パス回すかなぁ〜」とか「遅いよ、それじゃぁ〜」などと文句を言いつつの観戦。

ゲームを見ながら、浦和は一年でJ1に戻れんのかねぇ〜、などと余計なことを考えてた。実は結構応援してたりするんだよね > レッズ。あとは鹿島が好きかなぁ。

* * *

夕方、ちょっとスーパーに買い物に行ったあと、空港まで出張者のお出迎えにいった。ヨーロッパは初めてらしいんで少し心配してたが、無事到着。事前に出したメールで、「朝夕は結構冷えますよ」などと書いてしまった所為か、ダウンジャケットを着て登場。すいません、こんなにあったかくって。

3月10日(金) 宇都宮、寒いねぇ

昨日の日記で、「この辺りは天気が良くとても暖かで、マルセイユでは最高気温が23度にもなってたよ」てなことを書いた。それをうけて、私達も住んでた宇都宮のよんひゃんさんから「まだ最低気温が氷点下です」という一言メールをいただいた。

え?まさか、と思いつつ開いたページは本家判のMy Yahoo。ここには、自分に関係してる地域が登録してあって、天気予報を一覧できるようにしてある。当然、実家にも近い宇都宮も入れてある。
# 本当は真岡を登録したいんだけど無いからね。真岡といえば、警察の不祥事ネタで真岡警察が取り上げられてたなぁ。いやはや。

本当だった。宇都宮「-1...+8度」と、晴れてはいても氷点下。ビックリ。栃木を離れて久しいが、三月でもこんなに寒かったんだっけ。因みにマルセイユは「+8...+20度」だった。こ、この差は大きいかもしれない。海外赴任が終わって日本に帰国するとき、戻り先は宇都宮になる。果たしてこの寒さに耐えられるんだろうか?まだ随分先だけど今から心配である。

ただ、この日本を襲ってる寒さもいわゆる寒の戻りなわけで、そうこうしてるうちに春になってくのだろうねぇ。

* * *

相変わらず仕事にも個人のメールアドレスを使っている。もちろん、モデムによるPPPアクセス。

と、インフラ周りは代り映えしないのに、扱うファイルのサイズは増加の一途をたどっている。最近は、2MBクラスのメールが頻繁にきている。小まめに消してかないと、メールボックスが簡単に溢れてしまいそうになる。

電話でのアクセスに限れば、沢山の無料ISPがあるフランスだが、最近になって無料でADSLアクセスを提供するところも出てきた。ただ、今のところサービスは大都市のみ。この片田舎までそのサービス網が伸びてくるのは、いつになることやら…。あぁ、いいなぁ〜 > 高速アクセス。

「ミニテル」という、独自のオンラインサービスが広く普及してたが為に、internetへの取り組みで出遅れてしまったフランス。政府の施策もあって、ここ一年ほどの普及ぶりや力の入れ方は凄まじいものがある。これは同時に、それを一気に押し進めていけるだけの、経済面での好調さの現れでもある。

で、その逆が外から見た今の日本。じり貧は、さらに貧を産み、ドロドロの底なし沼へと入り込んでいるようだ。意味の無い道路やダムに金を注ぎ込んでも、今は何も産まない。ある程度の雇用には繋がるだろうが、同じインフラでも他に優先されるものがあるんじゃないのか。

私達が帰任になるころまでには、立ち直ってて欲しいな。切にそう願う。

3月9日(木) 23度だってよ、三月なのに

朝、普段よりも早めに自宅を出て、ホテルまで出張者を迎えに行った。昨日も書いたとおり、朝からミーティングなのだった。前にも書いたが、やはりテーマがきっちり絞られてて尚且つ参加メンバーが少ないと、ミーティングの効率は飛躍的に向上する。今日もそれを確認できた。

* * *

出張者が来てるときぐらいはと、昼食を食べに行った。ほれ、普段は食べてないからね。で、こんなときによく使う仕事場のそばのカフェ。少し遅めに行ったからか、外のテーブルがほとんど一杯。何しろ今日は雲ひとつない快晴で、とってもあったかかったから。

一つだけ空きテーブルを発見してそこに落ち着いたはいいが、とても上着なんか着てられないほど熱せられてしまった。ジャケットを脱いでセーターだけになったんだが、それでも暑くってまいってしまった。日射しがかなりきつく、光が垂直にあたる太もものあたりなんて燃えそうなほどだった。

それから。サングラスを車に置いてきたことを若干後悔してしまった。眩しくって、目を開けてられないほど。いくら何でも今日は暑いよなと思ったら、マルセイユで最高気温23度だったらしい。うむ、納得。

* * *

何時もの如く、酔っ払い日記は内容も無く短く終わる。

3月8日(水) 3ヶ月後/初の渡航

日付を決めるまで紆余曲折はあったが、ミーティングは明日の午前中となった。これからの数週間、いや先の予定も絡んでくるから、ここ3ヶ月ほどの仕事に関係してくる。

それら全てが終わる頃、初夏の日差しの中にいるはずだ。春から夏にかけての、安定した天気だがさほど暑すぎない、南フランスらしい季節がやってくる。

* * *

朝、出かける前にJSTV(日本語衛星放送)の無料ニュースを見た。いや、正確に言うと朝いちにWebで見た電車事故のニュースが気になったのだ。予想通りNHKの映像が流れていた。私も何度かお世話になった営団地下鉄日比谷線。その車両の横っ腹に大穴が空いていた。

こんなこともあるのか…。

* * *

来週、久しぶりに日本からの出張者が来る。それも三週間と結構長く滞在する予定だ。事前に電話で話したところ、日本国外に出るのは初めてらしく戸惑ってる様子が窺える。初めての渡航が仕事の出張で、それもこんな片田舎とはやや同情してしまう。ま、これも仕事ということで諦めてもらうしかないのだが。

3月7日(火) 赤ワインを久しぶりに

一日中、細かい仕様のチェックなどしてたら、妙に疲れてた。どうしても神経使っちゃうし、仕方ないんだけどね。

* * *

ワインを飲みつつ夕食。

かみさんがスーパーで買ってきた23フラン足らず(370円ぐらい)のボルドーの赤だったが、かなりウマかった。これだったら50フラン出しても惜しくない。確かに高価なワインはそれなりに美味しいんだろうけど、値段と味は絶対にリニアに対応していない。今日のワインはそれを強く感じさせる一本だった。

* * *

そろそろ本気で自宅のパソコンを買い換えたいなぁ、と思う。だが、フランス国内で買うと税金やメモリー価格の差で、日本で買うのに比べてかなり割高になってしまうのがとても悔しい。あぁ、1GHzで動くCPU*の載ったPC欲しいなぁ。
* IntelとAMDのうち、どちらのでも構わないッス。

3月6日(月) ジプシー登場

ガタガタと朝から捜し物をしつつ、書類の山と格闘。埃っぽい束を弄り回してたせいか、喉がいがらっぽい。のど飴をほうり込んで、さらに捜し物は続く。

結局、無いということがわかったのは、午後も遅くになってからだった。はにゃ。

* * *

エクサンプロヴァンスの大通りに、ついぞ見なかったジプシーが登場したそうだ。別に、踊ってるわけじゃない。小さな子供たちなんだが、手に新聞や雑誌を持ってナニゴトか叫びつつ目の前にかざし、相手が油断した隙に財布などを狙うのだ。見た目は子供たちだが、スリを生業としている(させられている、か)窃盗団だ。

彼らが近寄ってきたら、相手がいたいけな子供だからと手加減してはいけない。本気で、時には足や手を振り回し大声を出して追い払わないと。彼らは真っ直ぐに日本人を目指してやってくる。それはきっと、騒がずに盗りやすい・与し易い相手だと思われているからだ。

大げさに騒いで、手足をブンブン振り回して逃げましょう。

3月5日(日) 春の海

Cassisへ行ってみた。

風はなく、海はとても穏やか。港に面したカフェには観光客が溢れており、半袖姿もチラホラと。ここは既に観光シーズンのようだ。

カランク巡り、再チャレンジ。去年は、白波が出るほどの強風と荒波で三つのカランク(入り江)しか見れなかったのだ。当然の如く最長の一時間半コースを選び、計8か所のカランクをまわる。

どうやら、最短コース(一番安い)で見れる最初の三か所が一番キレイであった。後半は、入り江の美しさよりも、岸壁の面白さや雄大さが素晴らしい。そそり立った岩肌にへばり付く、まるでアリのようなフリークライミングの人々も見れる。

もうここは夏なのかと見紛うほど、風を避けた岩場には太陽を求める人が、水着やスッポンポンで寝ていた。確かに天気もいいし暖かいとは思うが、3月だというのに…。

3月4日(土) ぼやぼや/Lene Marlin

晴れた。

眩しい光りが窓から寝室に差し込み、それでも無理矢理寝続けようとしたが、断念して起きだした。厚着をして寝てたせいか夜中に布団を剥いでしまい「目覚めたときは寒かった」という、なんとも間抜けな私であった。

一日中ぼやぼやと、音楽聴いたり読書してたりで、結局マルセイユには出掛けず。遅めの昼寝をして、夕方からいつものスーパーCarrefourに行ったのみ。かなり怠惰に過ごした。

* * *

最近車でよく聴いてるのが、Lene Marlin“Playing My Game”。去年末頃に買ったアルバムだけど、何度聴いてもこれはいい。お薦め。グラミー賞新人賞を取ったChristina Aguileraも実力あるし結構好きだけど、私だったらLene Marlinを推す。

私の選ぶCD十枚に入れてもいいかも、と思うぐらい気に入ってる。実は最近、登録したいなぁと思いつつ、何を入れようかと思案してるところだったりする。やはり、たった十枚だけとなるとアレもコレもと考えてしまい、そうそう絞り込めないのであった。

3月3日(金) 思惑/ゾクゾク/The Nightfly

中々こちらの思惑通りに、ことは進んでくれない。話しても交渉しても脅してもすかしても。駄目なモノはだめ。後は運に任せるしかないのかもしれない。あ、それじゃ責任の放棄か…。

* * *

他人の文章を読んだり話を聞いたりすると、自分では露ほども考えたことのないような考え方・捉え方(思想でもテクニックでもいいが)に出会えることがある。ゾクゾクッとする大好きな瞬間。

これが嬉しくて“読む”ことや“話す”ことは止められないのだろう。自分なりの考えや意見は持ってるつもりだが、そんなモノがいとも簡単に突き崩される。「じゃ、今まで信じてた物は何だったんじゃ」と自問してみても、所詮その程度のものだったんだよ、ということぐらいしか判らなかったりする。

ただの馬鹿か、俺は。

* * *

Donald Fagenが新しいアルバムを出したらしい。昔のテープを引っ張り出して聴いてるとこなんだが、やっぱカッチョええよ、この人。ということで、BGMは“The Nightfly”。また明日マルセイユでVirgin行っちゃおうっかなぁ。

3月2日(木) フランス人に聞いた話

エンジニアの一人が、早めに仕事場を出て、マルセイユの病院へ行くと言い出した。

「腰が…」とか云いつつ医者通いしてたので、またそれかと思ってたら、彼の兄弟が交通事故に遭い入院したとのこと。驚きつつ聞いたら、怪我の方は幸い大したことなかったのだが、車は全損らしい。事故の様子を写した写真があるようで、後で見せてくれるそうだ。早くそれを見てみたい、不謹慎だと思うがそう感ぜずにはいられなかった。

明けて昨日。でき上がった写真を手に近寄ってきた。実際に怪我の様子を見てきて安心したのか表情に余裕があり、写真を見せつつ半ば呆れながら詳細を説明してくれた。

事故だと聞いていたから、私はてっきり他の車とぶつかったとばかり思ってたが、どうやら自損だったらしい。つまり他に被害者や加害者はなし。だがその原因は、酔っぱらってとか、他所見してて、などという有りがちな物ではなかった。

「後ろのタイヤがもげた」、らしい。

高速道路を走行中、片方のタイヤがホイールごと取れ、そのままふらふらっとガードレールを擦るように滑っていき、横の土手のようなところに突っ込んで車が潰れたそうだ。よくそれで軽い怪我だけで済んだね、まったく。

事故車の写真を見せてもらった。プジョー306だと説明を受けなかったらとても車種は判別出来ない。何しろ、その写真が前後のどちらから撮影したモノかも直ぐには判りかねたほど。見る影もなくペチャンコだった。

タイヤが取れちゃって軸が丸出しになっている写真を指さし、「ここのタイヤが取れて、吹っ飛んだらしいんだよね」と彼はまるで自慢するがごとく嬉しそうに説明してくれた。

3月1日(水) 縦書きが最近気になる/傘が無い

午前中にちょこっとミーティングなど。内容的にはまずまずだったが、少し疲れた。とはいえ、懸案事項が明確になったので良しとしよう。ふむ。

* * *

最近のお気に入りのソフトウェア。

用途別に色々なテキストエディターを使っているが(使い分けてる、ってほどではない)、最近縦書きの面白さを再発見してしまい、使用頻度上昇中なのがO's Editorというシェアウェア。

「スタイル」という概念があり、一つのエディターなのに、スタイルを変更することで幾通りもの使い方が出来るのだ。Windows標準のメモ帳に毛が生えたようなシンプルなものから、縦書きマス目ありの原稿用紙や段組み、縦書きの読書モードまで。主にこの読書モードが使いたくてレジストした。

パソコンで文章を入れるとなると横書きになってしまうし、実際何年もそうしてきた。だが、青空文庫などで手に入れた小説や長い読み物となると話は別。横書きだと、落ち着きが悪く読みにくい。そう思って使い始めたのがO's Editorだった。

更にパソコンでの縦書き表示に慣れてくると、今度は文章を入れてみたくなる。特に、日記をツラツラと考えながら入れるとき、縦書き便箋モードを使うと中々具合がいい。その勢いに乗って、本当はWebページ(日記は特に)も縦書き表示にしたいところだが、現在のところ標準では対応されていない。専用のplug-inを使うか、書き方に小細工をかます必要があり、容易には実現できないらしい。

MicrosoftでもNetscape(あ、今はAOLか)でもどちらでもいいから、早いところスタイルシートで採用してくれないもんかねぇ。って、今はW3Cとかで決まるのか。

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仕事を終え外に出ると雨だった。傘は無い。駐車場まで走り、車に乗り込んだときには息が切れていた。ふーっと深呼吸してからエンジンをかけ、自宅へ向かう。

10km程走ったところで雨は止み、雲の切れ間から星が瞬いていた。

フロントウィンドウが乾いた頃にアパートに到着。雨の代わりに風が強くなり、アパートの窓を激しく揺らしていた。

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